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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)8248号 判決

原告 高瀬真一

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

主文

被告は原告に対し金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年一〇月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告、他の四を原告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告は、「被告は原告に対し金一、五三四、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年一〇月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭和三四年一〇月一日以降原告において別紙物件目録〈省略〉記載の土地及び建物の占有を回復するに至るまで一箇月金四〇、〇〇〇円の割合による金員の各支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一)、福島地方裁判所郡山支部所属執行吏上遠野武は、昭和三四年五月二三日江川孫一の代理人弁護士鳥海一男から、右江川を債権者、原告を債務者とする会津若松簡易裁判所昭和三三年(ユ)第九三号家屋明渡調停事件につき作成された左記条項、すなわち、『江川は別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件土地建物」という。)に対する福島地方裁判所会津若松支部昭和三三年(ヲ)第八四号不動産引渡命令(以下「本件引渡命令」という。)による執行は昭和三四年三月三一日までこれを猶予する。原告は江川に対し右期間中に本件建物から円満に退去して本件土地建物を明渡すこと。調停費用は各自弁のこと。』との記載ある調停調書(以下「本件調停調書」という。)を債務名義とする本件土地建物明渡の執行委任を受け、その強制執行として、同年六月三日原告並びにその妻及びその母が居住使用していた本件土地建物につき明渡の執行(以下「本件執行」という。)を実施し、同日本件土地建物に対する原告の占有を解いて江川の代理人薄正にその占有を得させた。

(二)、ところで、執行吏上遠野は、右執行に関し、故意少くとも過失により以下に述べるがごとき違法な執行々為をなしたものである。すなわち、

(イ)、本件調停調書はぞれ自体独自の執行力ある債務名義として作成されたものではなく、仮りにしからずとするも、江川は本件執行委任当時既に執行目的物件の実体上の権利者でなかつたところ、上遠野は、右事実を知悉しながら敢えて本件執行を実施したものである。詳言すれば、江川は、昭和三二年二月一八日福島地方裁判所会津若松支部に対し本件土地建物につき抵当権実行による競売の申立をなし、後日自ら右競売における競落人となり、昭和三三年一二月三日同支部から本件引渡命令を得たので、原告は、これに対し、昭和三四年一月二八日異議の訴を提起し、敗訴するや、更に控訴の申立をなすと同時に右引渡命令の執行停止を申立て、同年三月二八日仙台高等裁判所から同庁昭和三四年(ウ)第六〇号強制執行停止決定(以下「本件停止決定」という。)を得たのであるが、本件調停調書はこれに先立つ昭和三三年一二月二日原告において本件引渡命令の執行の一時猶予を求めるため、江川を相手方として会津若松簡易裁判所に申立てた調停の結果昭和三四年一月八日同裁判所において作成をみたものであつて、右経緯から明らかなごとく、本件調停調書は本件引渡命令の執行を昭和三四年三月三一日まで猶予することのみを定める趣旨で作成されたにすぎず、原告において新たに本件土地建物の明渡義務あることを承認し、本件引渡命令と別個独立にこれを債務名義とする趣旨で作成されたものではなかつたのであり、原告としては、これが新たな債務名義になり得るとは思いも及ばなかつたところであるから、本件調停調書はそれ自体本来債務名義としての効力を有しないものというべく、仮りに本件引渡命令と別個独立の債務名義になりうるとしても、原告の本件調停における意思表示は、右に述べたごとく意思と表示との間に要素の錯誤があるものとして無効であるから、本件調停調書はいずれにしても債務名義としての効力がない。原告は、昭和三四年四月二日本件引渡命令執行のため来訪した上遠野に対し、本件停止決定正本を提示して執行の停止を求めた際、念のため本件調停調書正本をも提示し、右は本件土地建物明渡の債務名義となり得ないことを説明したところ、同人はこれを了承し、後日本件調停調書を債務名義とする本件土地建物明渡の執行委任がなされたとしてもこれを拒絶する旨申し述べたほか、更に、同年六月三日本件執行のため重ねて来訪した同人に対し、原告は前同様本件調停調書が本件土地建物明渡の債務名義となり得ないことを力説し、これに基く執行を拒否している次第で、同人は本件執行に先立ち、本件調停調書が本件土地建物明渡の債務名義となり得ないことを十分知悉していたものである。のみならず、同人は執行委任者たる江川が、本件執行に先立つ昭和三四年一月三〇日本件土地建物を有限会社佐藤クリーニング店に売渡して既にその実体上の権利者でなくなつていたことをも知悉しながら敢えて江川より執行委任を受け本件執行に及んだものであるから、上遠野の実施した本件執行々為は違法であり、不法行為を構成する。

(ロ)また、上遠野は、本件執行の実施に際し、手続違背を敢えてなしたものである。すなわち、上遠野は、本件執行に際し、原告の抵抗を受けたほか、本件執行開始後約三〇分を経過した午後三時頃原告が本件執行現場から退去して不在になつたにもかかわらず、故意に証人を立会わせずして執行を続行し、かつ、執行裁判所の許可を得ることなくして故意に夜間にわたつて執行を実施した。もつとも、本件執行につき作成された執行調書には、本件執行は執行当日の午後五時五〇分に終了した旨の記載が存するが、右時刻は本件建物のうちに存した執行の目的にあらざる動産を執行の目的たる本件土地上に搬出したうえ、本件土地建物に対する原告の占有を解きこれを江川の代理人薄正に引渡した時刻であつて、執行の目的たる本件土地上に搬出された右動産を右土地から取除く行為は未だ終了しておらず、右取除行為はその後夜間にわたつて引続き行われたのであるから、本件執行は右時刻には未だ完了していなかつたというべきである。従つて、上遠野のなした本件執行は、右に述べた諸点においても不法行為を構成するものである。

(ハ)、更に、上遠野は、先にも述べたとおり、本件執行に際し、証人の立会がないのを奇貨として、原告所有の執行の目的にあらざる動産を本件土地上に搬出するに当り極めて粗暴な取扱をなし、或は、物品の紛失等を招来するおそれある夜間執行を敢えてしたのみならず、次に述べるとおり、右執行当日原告に引渡すことのできなかつた動産を保管するにつき、保管人の選任監督を怠つて善良な管理者としての注意義務を尽さず、もつて、原告所有の動産を違法に紛失、毀損、または汚損せしめたものである。すなわち、原告は先に述べたとおり本件執行の中途において家族とともに現場を退去したのであるから、上遠野は、本件建物内から搬出したのみで原告に引渡すことのできなかつた原告所有の執行の目的にあらざる動産については善良な管理者の注意義務をもつて保管すべき職務上の義務を負うところ、時価数百万円に及ぶ右動産を保管するに当り、保管場所、保管人の住所等を確めることもなく、漫然と債権者側の指定した江川経営にかかる製材工場の一介の工員にすぎない薄を保管人に選任して同人に右動産を引渡したのみならず、爾後同人の保管方法につき何等の監督をもなさず、右動産が保管場所としては極めて不適当な石井悦郎方の物置に放置され、紛失、毀損、汚損の危険にさらされつつあつたにもかかわらず、これを顧みず、加えて、その間原告に対し右動産保管に関する通知を故意に怠り、昭和三四年六月一日附をもつてなした原告の書面による問合せに対しても保管人の氏名を回答したのみで、保管人の住所、保管場所については何等回答せず、もつて、原告の右動産引取を徒に遷延せしめてその紛失、毀損、汚損の危険を増大せしめたものである。

(三)、(イ)、以上の次第で原告所有の前記動産は、別紙一覧表(一)記載のとおり紛失、毀損または汚損し、これにより、原告は、合計金一、〇一六、一〇〇円相当の損害を蒙つた。

(ロ)、なお原告は、上遠野の前記のような違法な執行々為により自己所有の多量の動産の保管場所を失い、一面上遠野の選任した保管人により保管されていたとはいうものの、そのまま放置するにおいては更に紛失、毀損または汚損の危険があり、執行吏によつて競売に附されるおそれもあつたので、いずれにしても早急にこれを引取る必要があつたが、適当な保管場所を探し求めることができないまま、応急の措置として、右動産のうち別紙一覧表(二)〈省略〉記載の物件をわずか金一九、一六〇円の廉価で古物商に売却するの止むなきに至り、右売却にかかる動産の時価とその売却価額との差額金三八二、五〇〇円相当の損害を蒙つた。

(ハ)、更に、原告は、上遠野の前記のごとき違法な執行により本件土地建物の明渡を余儀なくされてその占有を喪失し、これにより昭和三四年六月三日以降本件土地建物の相当賃料額に該る一箇月金三〇、〇〇〇円の割合による損害を蒙りつつあるほか、原告一家の居住の用に供するため一箇月金一〇、〇〇〇円の賃料を支払つて他に間借をすることを余儀なくされ、これがため、右賃料相当額の損害をも蒙りつつあるものである。

(四)、ところで、原告の蒙つた前項記載の諸損害は、すべて国の公権力の行使に当る執行吏上遠野が、その職務を行うにつき違法に加えたものであるから、被告国は、国家賠償法第一条第一項の規定に基き原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

(五)、よつて、原告は、被告に対し右第(三)項(イ)及び(ロ)各記載の損害金合計金一、三九八、六〇〇円並びに同(ハ)記載の損害のうち昭和三四年九月末日までの損害金一六〇、〇〇〇円、以上合計金一、五五八、六〇〇円のうち金一、五三四、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三四年一〇月二五日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに第(三)項(ハ)の損害のうち残余の損害たる昭和三四年一〇月一日以降原告において本件土地建物の占有を回復するに至るまで一箇月金四〇、〇〇〇円の割合による損害金の各支払を求めるため本訴請求に及んだ。」

と陳述した。〈立証省略〉

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

「原告主張の請求原因事実は第(一)項の事実及び第(二)項のうち本件執行につき、証人の立会ないし執行裁判所の夜間執行の許可がなかつたことを認めるほかその余の点はすべてこれを争う。

執行吏上遠野の実施した本件執行は適法であつて、その執行々為につき原告主張のごとき違法の点は存しなかつたものである。すなわち、

(イ)、原告は、本件和解調書が執行力を有せず、しからずとするも、執行委任者たる江川が実体上の権利者でなかつたことを前提として上遠野のなした本件執行々為を論難するが、本件和解調書は、単に本件引渡命令の執行を猶予する旨を定めたに止まらず、更に進んで、原告において右猶予期間内に本件土地建物の任意明渡をしないときは、右期間経過後における強制執行を応諾する旨を定めたものであるから、本件引渡命令とは別個独立に本件土地建物明渡の債務名義となりうるものであり、(仮りに、この点に原告主張のごとき錯誤があつたとしても、それは原告の重大な過失によるものであるから、原告は、右錯誤による無効を主張し得ない。)、また、江川において本件土地建物を他に売渡したのは本件執行後のことであるが、仮りに原告主張のごとく本件和解調書が実質上債務名義となり得ず、また、本件執行委任当時実体上の権利者に変動があつたとしても、そもそも執行吏は、債務名義に表示された権利の発生、変更、消滅等につき実質的にこれを調査判定すべき権限を有せず、債務名義が適法の形式を具備する限り、これに従つて強制執行をなすべき法律上の義務を負うものであるから、上遠野において、江川より執行文の附与ある本件和解調書すなわち、適式の債務名義による執行委任を受け、これに基き本件執行を実施した以上その執行々為につき違法のそしりを受くべき筋合にない。

(ロ)、また、原告は、本件執行につき証人の立会がなかつたこと及び執行裁判所の夜間執行の許可を得なかつたことをとらえて手続違背であると主張するが、民事訴訟法第五三七条第一項に所謂抵抗とは暴行または脅迫により執行吏の職務執行が妨害される場合を指称するところ、本件執行に際し、上遠野は、原告から本件調停調書に基く執行が違法不当である旨を強調されたとはいえ、別に前記意味での抵抗を受けたことはなかつたし、また、上遠野は、原告主張のごとく原告が本件執行開始後三〇分を経過して現場を退去するや一時執行を中断し、その後原告の帰来をまつてその立会のもとに執行を再開続行し、原告が本件執行現場から確定的に退去した午後五時頃には債権者に対する本件土地建物の引渡を残すのみでその他の執行々為はすべて完了していたのであるから、本件執行に際し証人を立会せなかつたとしても違法の点はなく、更に本件執行は、日没前の午後五時五〇分には既に完了していたのであるから、これにつき執行裁判所の夜間執行の許可を受ける必要はなかつたのである。仮りに本件執行につき原告主張のごとき手続違背の点があつたとしても、右手続違背と原告主張の損害との間には相当因果関係は存しないから、原告の右主張は結局失当たるを免れない。

(ハ)、更に、原告は、本件執行の際における執行の目的にあらざる動産の取扱ないし執行完了後における右動産の保管方法を非難するが、上遠野は、本件執行の際執行の目的にあらざる動産を本件建物から搬出するについては特に慎重を期し、その衝に当つた人夫に対してもその旨を周知徹底せしめていたものであつて、その間に粗暴な取扱は全くなく、また、右搬出した動産は原告が退去するまでの間に原告に対して引渡を了していたものであるから、爾後執行吏として右動産を保管すべき職務上の義務はなかつたのである。もつとも、上遠野は、原告の置去りにした動産を江川の代理人たる鳥海弁護士の指定した薄に保管をさせたが、右は、上遠野が個人としてなした処置でいわば事務管理に該当し、執行吏としての職務の執行とは無関係なものである。仮りに、右処置が上遠野の職務上の義務に基きなされたとしても、上遠野は、薄に右動産の保管を任せるについては、それが散逸毀損等のことのないよう十分な注意を与えたうえ、原告に対しては直ちに保管場所等の通知をなすべく準備を整えていたが、原告が所在不明のためこれをなすことができなかつたのであり、原告からその主張のとおりの書面をもつて照会があるや、直ちに、回答をなしその受領方を催告し万全の措置をとつたのであるから、右動産の保管につき何等違法のそしりを受くべきいわれはない。仮りに上遠野の右動産保管につき何等かの違法の点があつたとしても、原告主張の損害は、専ら、原告が本件執行の際上遠野から右動産の引取方を促されたにもかかわらずこれが引取を怠つたことに基因して発生したものであるから、軽々に上遠野の責任を問うべきではない。

以上の次第で、いずれにしても被告には国家賠償の責任はない。」

と述べた。〈立証省略〉

理由

福島地方裁判所郡山支部所属執行吏上遠野武が、昭和三四年五月二三日江川孫一の代理人弁護士鳥海一男から本件調停調書を債務名義とする本件土地建物明渡の執行委任を受け、その強制執行として同年六月三日原告並びにその妻及びその母が居住使用していた本件土地建物につき明渡の執行(本件執行)を実施したことは当事者間に争がない。

そこで、次に執行吏上遠野のなした本件執行々為ないし執行の目的にあらざる動産の保管につきはたして違法の点が存したか否かについて検討する。

(イ)  請求原因第(ニ)項(イ)記載の原告の主張について

なるほど、原本の存在及びその成立に争のない甲第二号証、証人上遠野武の証言及び原告本人尋問(第一回)の結果を綜合すれば、「原告は、本件執行に先立つ昭和三四年四月二日本件引渡命令に基く執行のため来訪した執行吏上遠野武に対し仙台高等裁判所昭和三四年(ウ)第六〇号強制執行停止決定(本件停止決定)正本を提示してその執行の即時停止を申立てた際、同人から、債権者江川孫一においては右執行が不能となるも、本件調停調書を債務名義として強制執行を実施する計画を樹てているから、これに対し予め適当な措置を講じておくのがよい旨好意的に示唆されたので、同人に対し本件調停調書正本を示して、本件調停調書は本件引渡命令の執行の一時猶予を求める趣旨で作成されたもので、本件土地建物明渡の債務名義とはなり得ないものであるから、既に本件停止決定を得ている以上本件土地建物に対する明渡の執行はもはやこれをなし得ない旨自己の見解を開陳し、併せて同人の意向を徴したところ、同人は、外交辞令としてか一応原告の見解を支持するかのごとき口吻を洩したうえ、自分は本件調停調書を債務名義とする執行委任があつてもこれを受任しないつもりではあるが、執行吏は他にも多数いることでもあり、本件調停調書を債務名義として執行されることも十分考えられるから、やはり適当な措置を講じておくのが得策である旨慫慂した。」ことを窮うに足るが、元来、執行吏は、債務名義に表示された権利の発生、変更、消滅等に関し実質的にこれを調査すべき権限も義務も有せず、債務名義に表示されたところに従い執行をなすべき義務を負うのみであるから、執行吏上遠野において、江川のために執行文の付与があり、かつ、明渡条項の記載ある本件調停調書に基き本件執行を実施した以上その執行々為を目して違法不当と断ずるは当らずたとえ、前認定のような事情があつたとしても、右は執行吏上遠野の個人的事情に属するものにすぎないから、これをもつては右結論を動かすに足りない。(なお、江川が本件執行に先立ち本件土地建物を有限会社佐藤クリーニング店に対し確定的に売渡したと認めるに足る証拠はないが、仮りにかかる事実ありとしても、前記執行吏の職務の性質に照らし、本件の場合には、これを問題とするに足りない。)

しからば、原告の右主張は、本件調停調書の実体上の執行力の有無の判断を俟つまでもなく、理由がないものとして採用の限りでない。

(ロ)  請求原因第(二)項(ロ)記載の原告の主張について

本件執行の実施につき、証人の立会ないし執行裁判所の夜間執行の許可がなかつたことは当事者間に争がないが、原本の存在及びその成立に争のない甲第六号証(写)、各成立に争のない甲第二六、第二七号証、証人上遠野武、同鳥海一男、同薄正、同生江喜徳、同五十嵐政利、同鈴木新の各証言及び原告本人尋問(第一回)の結果を綜合すれば、次のとおりの事実が認められる。すなわち、

「上遠野は、昭和三四年六月三日午後二時半頃本件執行のため当時原告及びその家族の居住していた本件建物に赴き居合せた原告に対し、執行着手に先立ち、本件土地建物の任意明渡方を求めたところ、当初、上遠野は原告の要求にかかわらず原告に対し債務名義たる本件調停調書正本を呈示しなかつたので、原告は、右執行を本件引渡命令を債務名義とする再度の執行なりと誤解し、本件停止決定の存在を楯に任意明渡を拒んだが、次いで上遠野から本件調停調書を債務名義とする執行であることを告知されるや、原告は上遠野に対し、本件停止決定により既に本件土地建物明渡の執行が停止されている以上その後において本件調停調書を債務名義として執行を実施することは許されない旨の独自の見解を表明し、更には先に認定したごとく、上遠野が本件調停調書を債務名義とする執行委任には応じない旨洩していた言質をとらえて明渡拒否の態度に出で、ここに上遠野と押問答を重ねるに至つた。

とかくするうち、午俊三時頃となつたので、上遠野はもはや原告に本件土地建物の任意明渡を期待することはできないものと判断して強制執行に踏み切り、屋外に待機していた人夫に対し執行の目的にあらざる動産の搬出を命じ、ここに人夫多数が一斉に本件建物内に立入り動産の搬出作業に着手するに至つたため、原告は遂に観念し、妻及び老母とともに身の廻り品をまとめて間もなく本件建物から退去した。

その後引き続き執行は続行され、日没前の同日午後五時五〇分頃までには執行の目的にあらざる動産はすべて本件建物内から本件土地上に搬出され、上遠野は本件土地建物に対する原告の占有を解いて債権者江川の代理人薄正にその占有を得させるとともに、右動産については受取人不在のまま右薄を保管人に選任したうえ現状のままこれを同人に引渡した。」

以上のとおりの事実が認められ、成立に争のない甲第三二号証並びに証人鳥海一男、同上遠野武、同薄正の各証言中、「原告は本件執行開始後一旦執行現場から退去したが、その後再び帰来し執行に立会つた。」との記載または供述部分はにわかに措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、民事訴訟法第五三七条第一項において、執行吏が執行をなすに際し、抵抗を受けるとき、または、債務者等に出会はないときに証人の立会を要求する法意は、執行吏は、執行をなすに際し抵抗を受けることがあつても実力をもつてこれを排除したうえ執行を実施することができ、また、債務者等が不在の場合にもなお予告なしに執行を実施することができるため、右執行の公正を担保する趣旨で証人の立会を要求するものであるから、同条に所謂抵抗とは実力をもつてする執行の妨害を意味し、また債務者等に出会はないときとは執行開始の際における債務者等不在の場合を意味するものと解するのを相当とするところ、本件にあつては、原告は、本件執行につき口頭で異議を申述べたに止まりまた執行開始当時は本件執行現場に居合せ、その後執行の中途において現場から退去して不在となつたものにすぎないから、結局、本件執行に際しては証人を立会はせる必要はなかつたものというべく、また、執行吏上遠野は、日没前の午後五時五〇分頃までには執行の目的にあらざる動産すべてを本件建物内から本件土地上に搬出し、本件土地建物に対する原告の占有を解いて債権者江川の代理人にその占有を得させるとともに保管人を選任したうえこれに対し執行の目的にあらざる動産を引渡したのであるから、本件執行は日没前に完了したというに妨げなく、従つて、本件執行には証人の立会ないし執行裁判所の夜間執行の許可を必要としないから、本件執行をもつて原告主張のごとき手続違背の違法な執行々為ということはできず、結局、原告のこれらの主張もまた理由がない。

しからば、原告の本訴請求中、まず本件土地建物の占有喪失を理由とする損害賠償の請求は、進んで損害の点についての判断に及ぶまでもなく、既にこの点において失当たるを免れないことに帰着する。また別紙一覧表(二)記載の物件についての損害賠償請求も結局は本件土地建物の占有喪失に伴い保管場所を失つたことを理由とするもので物件の毀損、汚損等を損害発生の原因とするものではないから、これまた右同様損害の点の判断に入るまでもなく失当として排斥せらるべきである。

(ハ)  請求原因第(二)項(ハ)記載の原告の主張について

本件執行に際し、本件建物内から執行の目的にあらざる原告所有の動産を屋外に搬出するに当り、特にその取扱上に粗暴な点があつたと認めるに足る証拠はなく、むしろ各成立に争のない甲第三二ないし第三六号証及び証人鳥海一男、同上遠野武、同薄正、同星ヒデ子の各証言を綜合すれば「右搬出作業に従事した人夫は、上遠野の指図に従い、搬出に当りそれ相当の注意を払つていた。」ことが窺われるが、他方、各成立に争のない甲第九号証、同第三〇ないし第三二号証、同第三七ないし第三九号証、同第五〇号証、証人上遠野武、同薄正の各証言並びに原告本人尋問(第二回)及び検証の各結果を綜合すれば、次のとおりの事実が認められる。すなわち、

「執行吏上遠野は、原告が本件執行開始後執行現場から退去したことに伴い引渡すことのできなかつた原告所有の執行の目的にあらざる動産すべての保管を、それが本件土地上に搬出されたままの現状で、債権者江川の代理人として本件土地建物の引渡を受けるため来合せていた薄に託したことは先に認定したとおりであるが、薄は、右動産を、江川の長男孫右衛門の指図により、二回にわけ貨物自動車等二台に積載して即日石井悦郎方倉庫に搬入し、手当り次第乱雑に天井まで積み上げて格納を了した。

ところで、右倉庫は、間口四間、奥行三間の木造トタン葺一部コンクリート土間中央部間口一間半部分二階建(二階部分は居室)の倉庫であつて、従来、石井方において薪炭置場として使用していたものであるところ、右倉庫の四周には南側に間口一間半の外壁を兼ねる外開戸があるのみで、他の部分には外壁がなく、その南側及び東側に接近して建設されていた板製の目隠塀をもつて辛うじて外部と遮断されているのみであつたため降雨時には四囲、就中、東側軒下、北側々面から雨滴が倉庫内に自然に吹き込む状況にあつた。

これがため、原告所有の動産のうち別紙一覧表(一)記載の物件は、薄が上遠野よりその保管を委託されて以来原告が右倉庫内に格納されていることを知るに至つた昭和三四年七月九日頃までの間に、その運搬並びに格納方法の宜しきを得なかつたこと重い物件の下積になつたこと、雨水、就中、梅雨時の豪雨により倉庫内に浸水した泥水による汚濁等により毀損、汚損され、或は、その間に紛失し、結局、同一覧表番号1ないし6、16の物件は破損し、同7ないし11の物件は破損及び汚損し、同12ないし15の物件は汚損し、同17の物件は紛失したが、上遠野は、薄に対し右動産の保管を任せた後は、その保管場所、保管方法等については何等関心を示さずそのまま放任しておいたため、後日原告から動産の保管人、保管場所等につき照会があつた際にも保管人の氏名を除き他の事項についてはこれを回答することができない状態であつた。」

以上のとおりの事実が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

ところで、執行吏は、不動産明渡の執行に際し、取除いた執行の目的にあらざる動産を引渡すべき債務者等が不在のためその引渡をなすことができないときは債務者の費用をもつてこれを保管すべき義務を負うものであるから、本件のごとく執行開始後債務者たる原告が家族とともに執行現場から退去したため執行の目的にあらざる動産の引渡をなすことができなかつた場合にも、なお善良な管理者の注意義務をもつて右動産を保管すべき職務上の義務を負うものと解すべく、従つてまた、保管人を選任して同人にその保管を委託するについては保管人の選任監督につき充分な注意を尽すべき義務を負うものというべきところ、今これを本件についてみるに、前認定の事実によれば、執行吏上遠野は、保管人選任の点は暫く措き、薄を保管人に選任して同人に執行の目的にあらざる原告所有の動産を引渡して以来、同人に対する監督を全く怠り、ために、同人が右保管を委託された動産をその保管場所として適当でない前記のような倉庫内に格納し、しかも、その毀損、汚損を招来せしめるがごとき不適当な方法で積み重ねて顧みず、もつて、別紙一覧表(一)、記載の物件を毀損、汚損または紛失に任せていることを知り得なかつたものであるから、結局、上遠野は右動産を保管するにつき職務上の保管義務を解怠したものというに妨げない。

しからば、被告国は、執行吏上遠野がその職務を行うにつき過失により違法に原告に加えた右損害を賠償すべき義務あるものというべきである。

そこで進んで右損害の額について検討するに、前記甲第九号証原告本人尋問(第二回)及び検証の各結果に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、原告において被害を受けた別紙一覧表(一)記載の物件は、殆んど二〇数年以前に購入する等して取得されたものであつて、そのうち書画骨董の類はしばらく措き、爾来今日に至るまで長年にわたつて使用され、一般に想定しうる耐用年数を経過したもの、或は、流行遅れとなつたものも少なからず、加えて紛失した物件はさておき、その毀損、汚損の程度も千差万別であつて、各個の物件につき一々損害額を厳密に算定することは至難の業であり、就中、書画骨董の類についてはその性質上一層この感を深くするが、これを全体として見た場合、その品質、現在における使用価値、取得年月日、取得価額、保存の状況、毀損ないし汚損の程度に原告において右損害発生の防止のためにとつた処置等諸般の事情を参酌すれば、右物件の毀損、汚損または紛失により原告の蒙つた損害は金三〇〇、〇〇〇円程度と認めるのが相当である。(本件のような価額算定の至難な案件にあつては、鑑定を採用しても到底正確な判断は期し難く、従つてかかる場合にはむしろ次善の策として常識的判断によるのを妥当とする。)

以上の次等で、原告の本訴請求中、動産の紛失、毀損、汚損に基く損害賠償として金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明白な昭和三四年一〇月二五日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由ありとしてこれを認容すべきも、その金の部分は失当として棄却せらるべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 黒田節哉 小酒禮)

別紙

一覧表(一)〈省略〉

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